幼少の頃に一度お参りしたのですが、それ以来立ち寄る事もなかった神社。
それにはある理由がありまして…
こんな入り口だったら、ただの住宅地への道だと思いますよね!(;'∀')
しかもここ、主要線の裏手の裏手。 住人以外はまず立ち寄らない場所です。
こちらは入り口の坂、礼拝坂(らわいざか)の説明。
仏教色が強いことが伺えますね。
文中にある蓮華寺という寺は、公民館のそばにあるとても大きな寺です。
その本尊がこの坂の上の山頂にあったという節から、蓮華寺にとっても大きく意味のあった坂だと思います。
ですが…
その坂を登る途中、こんな地蔵をみかけました。
大きな木の根元に植え込まれた地蔵です。
その正体は…
マリヤ(ア)像です。
禁教令による弾圧から逃れた隠れキリシタンが、ここで聖母マリアを模した石柱を隠し崇拝していたと。
いやいや千の位を数えないとか疲れすぎじゃろ私。
文盲か?
生木の地蔵から登ると、墓地を通過して二手に分かれていました。
左側は農業用水地(ため池)に繋がり、右側が龍王神社への道となります。
こちらが龍王神社。
社は小さく、私たちのよく見る賽銭箱もありません。
もしかすると石の窪みに賽銭を入れるのかもしれませんが、分かりませんので二礼二拍手一礼だけ。
社のスケールはある意味驚きでしたが、その由来を見ると納得できます。
雨乞いをする場所だったか、海面が高かったころの見張り台のような場所だったという事ですね。
物見やぐらでも建っていたのかとも思いましたが、海が今よりも近かったのなら
このままであったのかもしれませんね。
というのも…
現在、この場所から海はあんなに遠いのです(;'∀')
この反対にある大きな山が「潮見山」という名を冠している事からも、
昔の海の近さが推し量れる気がします。
反対の景色です。
左の大きな山が潮見山となります。 右手奥には小さく松山城も見る事ができます。
中継地点という事ですよね。 拡声器で頑張っt(ありえん
…矢文かな?(とどくかい
とにかく。 昔は海がもっと近かった事は、園児の頃から教えられていました。
なるほど。ならそれに即した史跡も残っている筈でしたね。
納得納得。
さて。 次は大御所の家臣が眠る、刀塚へとっ…
って個人の農地じゃねえかダメダメ(;´∀`)
もしかすると行っても良い道があるのかもしれませんでしたが、
実はこの時、買い物のついでに寄っただけでしたのでここで引き返しました><;
参道からは松山の景色がよく見えて、気持ちが良かったです。
(一応、写ってしまった墓の名前はぼかしています。)
という事で、今回は以前から気になっていた龍王神社へと、買い物のついでに訪ねた話でした。
ではまた!