去年6月末から7月初頭にかけて発生した、西日本豪雨。
 大洲と野村町は、その被災地となりました。

 半年以上が経った現在は、どうなっているのでしょうか。

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 大洲市の道の駅 清流の里ひじかわ ここには濁流が流れ込みました。
 手前のコンビニは現在もまだ、営業を再開していませんでした。

 ここの被災映像については、毎日新聞が同所の防犯カメラによる映像を公開しています。
 



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 上の写真は清流の里ひじかわの横にある川、肱川です。
 この大きさの川が氾濫したと考えると、豪雨がいかに凄まじいものだったか想像できます。

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 こちらの写真は、道の駅ひじかわから少し南下した所にある、八大竜王神社鳥居の対岸
 かけられたままのブルーシートや、下に散乱している瓦礫からも、被災の様子がうかがえます。

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 こちらは鹿野川ダム
 流入量と同等の量の水を放流し、大洲市の川の氾濫を起こしました。
 大きなダムですが、想定外の降雨だったのですね。

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 上は野村へと行く途中。
 今使われている橋の下に、昔使われていただろう橋が重なって印象的でした。
 (HDR効かせてますが明暗差大きいので、クリックで画像表示を推奨です。)
 橋があったという事は、ここには元から川が流れていたのですね。

 ここの歴史は知りませんが、古今の重なる光景というのはなんだか郷愁の感を覚えます。
 未確認なので実は両方、最近作られた橋だったりするかも^^;

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 さて。 やって来ました野村の町。 肱川の氾濫によって多大な被害が出ました。
 中央右下に見える、乙亥会館の一階より上が水没するまで浸水したようです。
 (↑左下って書いてたので訂正; 右下です。)

 上の写真は帰路に撮っているので、ちょっと夕日が差しています。

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 いたる所で災害の爪痕が見えました。
 水浸しとなったので、外側から見える以上の被害があったのでしょう。

 TVでは二つ上の写真で写る乙亥会館で、長く使われている町のシンボルの土俵が
 土砂に襲われ、使えなくなっている様子が報道されていました。

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 この日の時点での肱川の様子が、当時の水流の激しさを物語っています。
 平時ではこの量の水でも、災害の発生時は氾濫するほど嵩増ししたのだとはっきり分かりますね。
 画面奥の道は未だ通行止めとなっていて、右ではコインランドリーの仮設営業もされていました。

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 肱川を撮った橋の写真。 傾いた日が木の間から出て、印象的でした。
 写真の通り、この時点で夕暮れが近づいていましたので、野村ダムには行かずに帰りました。

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 帰りは高速道路で。 写真はサービスエリアから。
 日が沈んですぐなので、左側には少し夕日が残っています。

 豪雨のとき私の住んでいる付近では、水に浸かるような被害は全くありませんでした。
 同じ県内でも場所によって災害の危険が大きく異なる事、今回の訪問で痛感しました。
 『想定外』の大潮や津波があれば、私の地域も水害の危険は否めません

 実は私の家の近所には、内陸で幼児が遠足で登れる高さの「潮見山」という名の山もあります。
 現況からも歴史からも、驚くほど近くにあるのだと分かる、水の危険でした。

 という事で今日の写真でした。
 私の「近所」の範囲は半径50kmほどです …と、現住地をぼやかしておく田舎者なのでした^^;
 ではまた。