今回は写真が多くなりましたので、二回に分けて投稿します。

 田舎である愛媛の中でも、秘境とまで呼ばれている地、大成(おおなる)
 ここに、異色を放つ大きさの綺麗な社が立っています。
 その名を、大成(たいせい)神宮

 この呼称に変更されたのはごく最近のことで、GoogleEarthには今でも以前の(?)名前
 大成神社が載っています。
 宗教法人としては東洋最高道徳学会で、法人指定は2015年となっているようでした。

 法人名の異様さと、登録年があまりに新しい事などから
 ネット上では、新興宗教とも呼ばれているようですが…

 しかし、その歴史は戦国時代の予土国境に建っていた、大成城にまで遡るようです。
 その後、天正年の主家滅亡から逃れて慶長年に未踏の地に分け入り、そこに大成という里の名を置きました。

 更にここに源氏の氏神を祀った大成八幡宮を建立し、大山積神、菅原道真を合祀します。
 その後事情により南西100メートルの場所に遷移して、更に直清を併祭して六社神社に。
 しかし、この六社神社も大正三年に失火に遭い、焼失してしまいました。

 それから後は戦後の混乱と住民の過疎化によってしばらく、再興の機会を失います。

 そして現代になり、元皇族の伏見弘明氏を名誉総裁とした天津会によって皇祖二柱を合祀
 大成神宮ができました。 (途中、大成神社だったのでしょうか?)

 この伏見弘明氏については、総裁を務めている日本文化振興会にまつわる良くない噂もチラホラ散見されます。
 が、今回は宗教施設である神宮に関する事ですので、敢えて目を瞑ります(笑)

 ではでは、長くなりましたが写真の方へと参りましょう!
 
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 こちらは入り口の大鳥居
 パンフレットによると、中曽根康弘元首相により大成神宮と書かれた石碑があるようですが
 上の写真にある石碑が同一のものであるかは未確認です。

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 大鳥居を抜けると、このような坂の参道に。
 右側に手水舎があり、更にその奥には道が続いていました。
 最初にそこを通ります。

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 するとそこには広場があり、広場の奥には『剣の御所』という建物が。
 マッカーサーが天皇制を存続させる事を決めるより前、皇統護持の為に源田實海軍大佐らが集っていた行在所です。
 写真の文章にもありますが、元は宮崎県にあったものを保存の為にここまで遷しています。

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 階段を昇るとこのようになっています。
 残念ながら門は開かれておらず、中に入ることはできませんでした。

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 ちなみにこちらは御所の横に繋がる道を進むとあった、
 右下のラバーコーンとのアンマッチが面白い(笑)

 この横の道から、元来た道へと繋がる上がり道がありました。

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 その道から見えた、御所の庭。 枯山水となっています。
 表の玄関横からは木が生い茂っていて、よく見えませんでした。

 この後、元の参道に戻って上がりました。

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 こちらが拝殿。 なかなか大きいです!
 山の森の中にこの拝殿がポンとあるのですから、正に秘境でしょう。
 若干塗装の剥げた感じはありますが、明らかに新しい建築物ですね。

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 拝殿の中はこのようになっていました。 とても広くなっていて、開けた印象です。
 手前に賽銭箱、そして正面奥にはご神体の岩があります。
 両脇の建物は祭事のときに使われるのでしょうか。
 この時は何も置かれていませんでした。

 この後、賽銭を入れて拝みました。 光はアクセントの為に付けたエフェクトです(笑)
 ちなみに後方には、誰でも取って帰る事ができるパンフレットが置かれていました。
 この神宮や大成の里にあるもの、また歴史についても書かれていて、とても参考になります。

 さて、写真が多くなったので今回はここまで。 次回はこの拝殿より一つ上に昇ります。
 まだ面白いものが残っています。 ではまた!